くらしきコンサート

MENU

第80回くらしきコンサート クリスティアン・ティーレマン指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 

この公演は終了しました

巨匠ティーレマン。47歳の若さながらその名にふさわしい指揮者がついに姿を現した。今は亡きフルトベングラー、カラヤンら、輝かしいドイツ音楽の名匠たちの伝統を真に受け継ぐ者として、今新たなる伝説を打ち立てているのがティーレマンだ。それは昨年、ワーグナー・オペラの祭典バイロイト音楽祭において不動のものとなった。2000年バイロイトデビューするや、3年続けて音楽祭に招かれ、2006年7月には4つのオペラからなる大作「ニーベルングの指環」の新演出版を指揮して、大成功を収めたのだ。この偉業を讃える大喝采は鳴りやまず、彼は一躍時代の寵児となった。
ドイツ音楽独特の重厚かつ荘厳な響き、強靱でしなやかな表現力、壮大なスケールを持ったドラマ性――その全てがティーレマンの音楽にはある。世界中の聴衆が待ち望んでいたのは、まさにこのサウンドだったのだ。
今回ミュンヘン・フィルの音楽総監督としての初の来日公演を行う。曲目は得意のR.シュトラウスとブラームス。ドイツ音楽の真価を問う垂涎の演目といえるだろう。
バイロイトを埋め尽くした観客総立ちの興奮の嵐に、必ずや、倉敷の聴衆も遭遇するに違いない。

公演情報

第80回くらしきコンサート

クリスティアン・ティーレマン指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

2007年11月6日(火)19時(開場18時30分)

■会 場

倉敷市民会館

■プログラム

R.シュトラウス : 交響詩「ドン・ファン」op.20
R.シュトラウス : 交響詩「死と変容」op.24
* * *
ブラームス : 交響曲 第1番 ハ短調 op.68

※演奏者の都合により曲目・曲順は変更になる可能性もございます。あらかじめご了承ください。

■入場料(全席指定)

  • S:19,000円
  • A:15,000円
  • B:11,000円
  • C:8,000円
  • D:6,000円

学生:1,000円〔小学生~25歳までの学生:当日指定・前売のみ限定200〕

◎車いすを使用される方は、ホール所定の専用スペースでご鑑賞いただきます。希望される方は、くらしきコンサートまでお知らせください。入場料として、本公演ではB相当11,000円を申し受けます。ただし、他の席種を購入された方が車いすで来場された場合、B券との差額をご返金することはできませんので、あらかじめご了承ください。

※本公演の学生券は「郷土の中高校生にクラシック音楽をプレゼントする会」のご協賛により助成をいただいております。

■座席イメージ図(1996席)

※座席表は倉敷市民会館HPよりご覧下さい。

※ご入場は小学生以上の方とさせていただきます。

※お子様のお膝の上でのご鑑賞はご遠慮いただいております。必ずお1人様1枚チケットをお求めください。

※当日は会場に託児所をご用意いたします。

この公演は終了しました

プロフィール

クリスティアン・ティーレマン(指揮)
Christian Thielemann

1959年ベルリン生まれ。5歳からピアノ、7歳からヴィオラを学び、ベルリン音楽大学ではヘルムート・ロロフにピアノを師事。個人レッスンで指揮と作曲を、またヘルベルト・フォン・カラヤン基金によりジュスト・カッポーネのもとでヴィオラを学んだ。
1978年から81年までベルリン・ドイツ・オペラでコレペティトアを務め、一方でカラヤンのアシスタントとして幅広い経験を積む。1981年のバイロイト音楽祭では『トリスタンとイゾルデ』を振ったダニエル・バレンボイムのアシスタントを務めた。その翌年に就任したゲルゼンキルヒェン歌劇場をはじめ、バーデン州立歌劇場、ニーダーザクセン州立歌劇場の指揮者を経て、1985年、デュッセルドルフのライン・ドイツ・オペラ第1指揮者に就任。さらに1988年から92年まではニュルンベルク市立歌劇場の音楽総監督を務めた。1991年、ベルリン・ドイツ・オペラに『ローエングリン』を指揮してデビュー。1995年にはドイツ・グラモフォンと専属契約を結び、多くのCDをリリースしている。1993年、ボローニャ市立歌劇場の首席客演指揮者に就任、同年メトロポリタン歌劇場にデビュー。1997年には長年関係を深めてきたベルリン・ドイツ・オペラの音楽総監督に就任。2004年に同ポストを離れるまでの間、ワーグナー、R.シュトラウス、プフィッツナーなど数多くの新演出を手がけ、国際的にきわめて高い評価を確立して、次世代ドイツ人指揮者の筆頭にあげられるようになった。
そして2004年秋、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽総監督就任披露コンサートにおいて、かつて同楽団で一時代を築いた巨匠セルジュ・チェリビダッケの十八番であるブルックナーを指揮、ミュンヘン市民の熱烈な歓迎を受けた。彼の主要レパートリーのひとつR.シュトラウスゆかりのミュンヘンを拠点に、ドイツ音楽の伝統を色濃く残す楽団を得て、ティーレマンの手腕はますます注目を集めている。
オーケストラへの客演では、2000年にウィーン・フィルと初共演、2002年にはベルリン・フィルを指揮してザルツブルク・イースター音楽祭にデビュー。オペラ指揮者としても、2003年にウィーン国立歌劇場で『トリスタンとイゾルデ』を指揮してセンセーショナルなデビューを果たした。また2000年のバイロイト音楽祭で『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を振って大成功をおさめて以来、同音楽祭には翌年から客演を重ねており、2001年『パルジファル』、2002年『タンホイザー』、そして2006年には新演出の『ニーベルングの指環』と輝かしい足跡を残してきた。コンサートとオペラの両輪の上に立ち、ティーレマンは今"ドイツ人指揮者によるドイツ音楽"という不変の価値を新しい時代の光の中でよみがえらせて、圧倒的な支持を得ている。

ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

1893年にフランツ・カイムが創設し、当初はカイム管弦楽団と呼ばれた。初期の指揮者陣にはブルックナーの弟子、フェルディナンド・レーヴェの名がある。ドイツの伝統的なレパートリーをもっとも得意としてきた同楽団は、1898年から1905年までフェリックス・ワインガルトナーに率いられ、多くの演奏旅行によって国際的な名声を高めた。1901年、マーラーが同楽団の指揮台に立ち、自らの指揮で交響曲第4番を初演。さらにマーラーは1910年、自身による自作最後の初演となる交響曲第8番『千人の交響曲』の演奏会に臨み、作曲家の死後(1911年)、『大地の歌』がブルーノ・ワルターの指揮で初演された。1906年には、20歳のヴィルヘルム・フルトヴェングラーが同楽団で指揮者デビュー。1908年からレーヴェが再び常任となり、楽団名をコンツェルト・フェライン管弦楽団に変更。彼はブルックナーの交響曲チクルスをおこなうなど、ブルックナー演奏の伝統の緒を築いた。
楽団は1928年に現在の名に改称して、ミュンヘン市のオーケストラとなった。第二次世界大戦後初のコンサートは1945年7月にオイゲン・ヨッフムの指揮でおこなわれ、曲目には戦時中演奏が禁止されていたメンデルスゾーン(ユダヤ人)の作品が取り上げられた。1949年から66年まではフリッツ・リーガーが首席を務め、この時代、ハンス・クナッパーツブッシュ、カール・シューリヒト、エーリッヒ・クライバー、クレメンス・クラウスらが客演している。1967年、ルドルフ・ケンペが首席指揮者に就任。
彼は同楽団に黄金時代をもたらし、数多くの歴史的名盤を世に残すとともに、同楽団初の日本ツアー、旧ソビエトへのツアーを成功させた。
ケンペの死後1979年から音楽総監督となったセルジュ・チェリビダッケは、楽団のアンサンブル能力を極限まで引き上げ、特にブルックナーでは至高の演奏を繰り広げた。1999年からジェイムズ・レヴァイン、2004年からはクリスティアン・ティーレマンが音楽総監督に就任。ティーレマンは就任披露公演のライブ録音などで既に数々の賞を受賞し、楽団に新たな時代の到来を予感させている。