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ある青年ヴァイオリニストのデモCDがニューヨークから日本の音楽関係者に届けられたのは、まだ9.11テロが起こる前のことでした。当時、試聴した音楽マネージャーはあまりの感動に「嗚咽をこらえて泣いた」と言い、その関係者たちの熱意によって日本への招聘準備が進められました。しかし来日直前にテロが発生。危ぶまれながらも実現した公演は聴衆の深い沈黙に包まれ、多くの人が目を赤くして聴き入ったそうです。日本で無名だった音楽家はたちまち業界のウワサになり、評判が静かに広がっていきました。
2004年、アルミンク指揮による新日本フィルと共演したチャイコフスキーの協奏曲では自作のカデンツァを披露。穏やかな修行僧のような容姿からは想像もつかない朗々たる深い響きに人々は息をのんだはずです。また同年秋の中越地震で被災した新潟のためにと、翌年1月には魚沼市を訪れ、復興支援のチャリティコンサートをおこなっています。
来日のたび、彼のヴァイオリンは底知れぬ力と癒しを聴衆の記憶に刻んできました。知性の高さを裏づける卓越した表現力、そこから泉のようにあふれ出る叙情が聴く者の魂をゆさぶるのです。派手なプロモーションもなく、彼はただ誠実に私たちの前に立ち続けます。その演奏に一度でも身をゆだねると、誰かに語らずにはいられない。それが、ジョセフ・リン。
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